2016
05.16

ジャーナリストが教育・研究の現場を取材
~平成27年度「日本数学会 ジャーナリスト・イン・レジデンス」実施報告~

フロンティア数理物質科学 I,II,III

ジャーナリストが教育・研究の現場を取材<BR>~平成27年度「日本数学会 ジャーナリスト・イン・レジデンス」実施報告~

平成27年11月24-28日と12月7-11日、小出 重幸氏(日本科学技術ジャーナリスト会議 会長)と 冨永 星 氏(科学啓蒙書翻訳家)の2名のジャーナリストがそれぞれ滞在し、フロンティア数理物質科学IIIをはじめとする本プログラムの講義の模様や、本学の数学専攻と科学技術コミュニケーション教育研究部門の教育・研究に関して取材しました。

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写真:電子科学研究所附属社会創造数学研究センター長 小松崎民樹教授にインタビューする冨永 星 氏

「日本数学会 ジャーナリスト・イン・レジデンス (JIR)」と名づけられたこの取組みは、平成22年から全国の大学の数学教室等で展開されており、本学でも平成26年度に2名のジャーナリストを受け入れています。本プログラムで実施した JIR では、プログラム生が、社会における科学技術情報の受信媒介を担うジャーナリストから多様な手法と視点を獲得することに加え、ジャーナリストに本プログラムの数理連携の取組みを紹介することを通して、レピュテーション(評判)の向上と外部視線によるフィードバックを図ることを目指しました。平成28年度も JIR の取組みを継続し、2ー3名のジャーナリストの方々に数理連携の現場を理解・体感していただく機会を創出する予定です。今回の活動報告では、小出 重幸氏と 冨永 星氏によるレポートを紹介します。

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数学者の精神の自由度が媒介する多分野連携
~北大物質科学リーディングプログラムの興味深いセミナー~

小出 重幸(日本科学技術ジャーナリスト会議 会長)

物質科学、情報科学、土木・建築工学、生命科学……さまざまな領域の専門家や関係者が集まって、新たな研究領域を開拓する場合や、複雑な社会的課題の解決に取り組むときに、「現代数学が各領域を貫く共通言語を提供して、一気に課題の本質や解決への方向が見えてくることがあります……」ということを、最近しばしば耳にします。日本数学会の「ジャーナリスト・イン・レジデンス」(JIR)で北大の物質科学リーディングプログラム(ALP)を取材して、改めてこの印象を強くしました。

ALP講義のひとつであるフロンティア数理物質科学IIIにおいて、興味深いセミナーに出会いました。有機化学をはじめとしたさまざまな分野の物質科学の大学院生と数学者ら7~8人が、ひとつのテーマに知恵を出し合う試みです。

フロンティア数理物質科学Ⅲ (1)
写真:フロンティア数理物質科学IIIの授業風景

テーマの提供者は、構造化学を専攻するプログラム生修士2年の今野翔平さん。生体内で重要な働きをしているタンパク質のひとつ、シトクロムの立体構造を研究しています。タンパク質は長いひも状の分子ですが、生物の体内ではその“ひも”が複雑に「折りたたまれた状態」に変化し働きます。その状態の変化がどんな条件やプロセスで起こるのか、それを解明するのが今野さんのねらいです。この「折りたたみ」は、脱水反応が関わることから、熱力学的な方程式でその機序を表現できないだろうか、この課題に呼応して数学の研究者らが集まり、合同セッションとなったわけです。数学者からは、「変分解析学で扱えないか」、「勾配流の問題だろう……」などさまざまな質問が飛び、討論が始まりました。

やりとりを聴いて行くと、「化学反応」の実験は、物質の特性に伴うさまざまな「条件」に絡め取られ、一般化しにくい、すっきりした数式処理には乗ってこない、そんな状況も伝わります。北大電子科学研究所で数学を専攻するギンダー・エリオットさんは、「ひとつの地点から別の地点へものが落下する、その経路を把握するGradient Flow、勾配流という考え方があります。この数学で表現できると思います。」と見立てました。もちろんこの日には結論が出ず、セミナー終了後に継続して議論を行うテーマとなりました。
私(小出)も北大・理学部の卒業ですが、在学中にはひとつのテーマに色々な領域の研究者が集まって討論する、まして数学者が集まるという姿をほとんど見ることはありませんでした。それだけに、この光景は新鮮な驚きでもありました。

3年前に数学JIRプログラムで取材を始めて最初に感じたのは、現代数学を担う研究者たちが「極めて自由な発想を持っている」という素直な感慨でした。理論を積み上げてようやくひとつの課題を解いた――と喜んでも、論理の不備を一点、突かれただけで、証明は一遍に瓦解、それまでの努力は胡散霧消してしまう。ところが、彼らはすぐ新たな登頂ルートの開拓を始め、証明の積み上げに取り組むのです。精神の自由度は、こうした日常によって鍛えられたもののようでした。近年、さまざまな境界領域で数学者の貢献が評価されるようになった背景には、こうした数学者の特性や、パーソナリティもあるように思えます。

北大でもALPなどいくつかのフレームにより、企業の抱える「最適化問題」や「ビッグデータ処理」など、さまざまな課題解決に取り組む数学協働プロジェクトが進んでいます。生命科学や気候変動、脳科学などの領域に加えて、NHKの特集番組「震災ビッグデータ」(※)にも描かれたように、経済変動、災害時の住民行動、感染症の伝搬、電力・通信ネットワークなど、幅広い社会現象の解析にも、数学の参入が始まっています。その先になにが見えてくるのか、これは専門家でなくても興味ある場面。引きつづきJIRを通して北大の物質科学リーディングプログラムの動向を注視したいと思います。

※NHKの特集番組「震災ビッグデータ」
http://www.nhk.or.jp/datajournalism/

プロフィール候補2(小出氏)

小出 重幸(こいで・しげゆき)
日本科学技術ジャーナリスト会議 会長

読売新聞科学部長、英インペリアルカレッジ 科学コミュニケーション大学院研究員等を歴任。科学と社会の接面やトランスサイエンス領域で生じる様々な混乱を、科学政策も含めどう解決するかがテーマ。
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大学院レベルで異文化間のギャップに慣れて視野を広げるためのプログラム
~先生方の多様性が支えるALPの数理連携教育~

冨永 星(科学啓蒙書翻訳家)

12月初旬の一週間、北海道大学に滞在しました。これは、日本数学会の「ジャーナリスト・イン・レジデンス」によるものです。そのため、基本的に数学の側から見たレポートであることをお断りしたうえで、物質科学リーディングプログラム(ALP)と数理連携について感じたことを書いていきます。

今回の北大への滞在では、ALP数理連携担当の黒田特任准教授の日程調整の労により、実質四日間で延べ13名もの先生方にじっくりとお話を聞くことができました。お時間を割いてくださった先生方とALPスタッフの方々に心から感謝いたします。お話しを伺った先生方の内訳は、理学研究院数学部門の8名、理学研究院化学部門の1名、電子科学研究所附属社会創造数学研究センターの2名、科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP)の2名です。さらに、ALPに所属する大学院生5人と数学教員によるアクティブラーニング形式のALP講義「フロンティア数理物質科学III」を見学しました。これらの経験を通してもっとも強く印象に残ったのは、「数学を他の分野に向かって開かれたものにしていこう」、「従来は数学との関連がそれほど強くなかった分野と数学との連携を促進しよう」と考えて行動している先生方が、北大には大勢いるという事実でした。

佐藤譲教授へのインタビュー風景
写真:数学専攻 佐藤譲准教授にインタビューする様子

数学専攻の先生方の話からは、数学の幅広さとともに、その「抽象」の力をあらためて感じることができました。「現象から出発して数理の世界に入り、その世界を突き進んだ果てに見えてくるものを改めて現象と照らし合わせる。その時に、純粋に数理の世界で得られた結果が現象と結びつくところに醍醐味がある」といった、数学の世界と現象(つまり数学の外)の世界とのリンクこそが「不思議@ワンダー@」であるというお話がありました。そうかと思うと、きわめて単純な「セルオートマトン」が力学系のモデルとしてどこまでのことを表現しているかを見極めるといった抽象的モデリングのお話などもありました。
また、総合化学院や附属社会創造数学研究センターの理論化学の先生方からは、各物質の特性に依拠した具体的で手作り感満載の化学という分野に理論の柱を打ち立てようとする試みについて伺いました。インタビューを通して、この種の取り組みにはむしろ数学的な思考が必要であることが実感されました。またCoSTEPの先生の話からは、科学コミュニケーションとは、伝えるべき科学像とはといった問題が浮かび上がりました。

ALPの教育活動にも参加されているこれらの先生方のお話を重ね合わせてみると、ALPの特徴が見えてきます。数学とほかの分野の連携で基本となる異文化交流に早くから慣れるための大学院レベルの実践的な講座がALPだと位置づけられるでしょう。ALPは物質科学のプログラムということで、見学した講義の参加者は化学を中心とした分野の大学院生に限られていますが、そこに化学が専門ではない数学の教員が加わって受講生がそれぞれの研究を相互プレゼンするという形でした。短時間の見学ではありましたが、このような小グループでの体験でも充分に「異文化間のギャップ」を感じているであろうことが見て取れました。このような文化のギャップに直面して対処することそのものがかなりのエネルギーを要します。院生として研究に集中したい盛りの参加者たちにとっては、このようなプログラムが大きな負担に感じられる時もあるでしょう。しかし、その山を乗り越えて初めて、本当の意味で研究者としての視野を広げることができるのです。このような「異文化交流」的なプログラムは、今後さらにALPのなかでも強化され、またALPのプログラムをモデルとして他の分野へと広がることが望ましいと考えます。今回の札幌滞在を通して、そのような期待を改めて強くしました。

プロフィール候補2

冨永 星
とみなが・ほし
科学啓蒙書翻訳家
京都大学数理科学系卒。図書館司書や中等教育教員などを経て、科学(主に数学)の一般向け啓蒙書および児童書の翻訳に進む。主な訳書は、『素数の音楽』(マーカス・デュ・ソートイ)、『若き数学者への手紙』(イアン・スチュアート)『宇宙の謎』(ポール・マーディン)、『数学者のアタマのなか』(デヴィッド・リュエル)『知はいかにして「再発明」されたか』(イアン・F.マクニーリーら)『チャーリー、ただいま家出中』(ヒラリー・マッカイ)など
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●平成27年度のJIR実施状況●

第1回 JIR|
氏名:小出 重幸 氏(日本科学技術ジャーナリスト会議 会長)
期間:2015/11/24~28
活動:11/25  ALPフロンティア数理物質科学III見学、数学専攻 久保英夫研究室セミナー見学
   11/26  数学専攻 荒井迅准教授、セッテパネーラ・シモーナ特任講師へのインタビュー、
        ALP企業コンソーシアム見学、ALPセミナー実施
   11/27  数学専攻 戸松怜治准教授、泉屋周一教授へのインタビュー
   11/28  CoSTEP 川本思心准教授ほかとミーティング
Ambitious 物質科学セミナーの実施状況:
   演題:メディアは科学技術の何を伝えるか ~世界科学ジャーナリスト連盟の活動~
   日時:平成27年11月26日(木)16:30~18:00
   会場:北海道大学 理学部W棟 ALPミーティング室
   http://ambitious-lp.sci.hokudai.ac.jp/information/4851.html
 
Ambitious物質科学セミナー/プロフィール候補1(小出氏) (1)
写真:Ambitious 物質科学セミナーの様子

第2回 JIR|
氏名:冨永 星 氏(科学啓蒙書翻訳家)
期間:2015/12/7~11
活動:12/7   数学専攻 行木孝夫准教授、佐藤譲准教授へのインタビュー
   12/8   数学専攻 久保英夫教授(ALPプログラム副コーディネーター)、
       栄伸一郎教授、津田一郎教授へのインタビュー
   12/9   ALPフロンティア数理物質科学III見学、ALPセミナー実施
         数学専攻 長山雅晴教授、CoSTEP代表 松王政浩教授へのインタビュー
         電子科学研究所付属社会創造数学研究センター長 小松崎民樹教授へのインタビュー
   12/10 化学部門 武次徹也教授(ALP教務専門委員長)へのインタビュー
         数学専攻 新井朝雄教授、秋山正和助教へのインタビュー
   12/11 電子科学研究所 中垣俊之教授へのインタビュー
Ambitious 物質科学セミナーの実施状況:
   演題:「一般向けの数学/科学啓蒙書を翻訳する、ということ」
   日時:平成27年12月9日(水)13:00~14:30
   会場:北海道大学 理学部W棟 ALPミーティング室
   http://ambitious-lp.sci.hokudai.ac.jp/information/5085.html

Ambitious物質科学セミナー光景
写真:Ambitious 物質科学セミナーの様子
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構成:リーディングプログラム事務局

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